つめ

ネイル全般。たまに余談あり。

祖母の思い出

何かと便利なお題スロット。

頼り切っている訳ではございません。

※そして本日もネイル記事ではございません。明るい話題ではなく、どちらかと言えば湿っぽい話になります。

そこを踏まえてご興味のある方、最後までよろしくお願い致します。

 

 

 

祖母の思い出。沢山あり過ぎてどこから切り取るか迷っていますが、

当たり前だけど、私が生まれた時すでにいた

「おばあちゃん」。

5歳ぐらいの頃、祖母は、ずっとずっと自分の側にいてくれると思ってました。大きくなってもずっと。

命は限りあるものだと知らないから、それをずっと信じてた。  

毎日、保育園の送り迎えは祖母がしてくれて、大きくて皺々の手を繋ぐと、いつも温かかった。

小学生になって、少しずつお手伝いが出来るようになって、食器の洗い物を手伝おうとすると、決まって「おばあちゃんがやるから、いいよ、いいよ、ありがとうね」って、ちっとも手伝わせてくれなかった。

きっと、無理矢理手伝ってお皿を割ったり手を切ったりするのが心配だったからなんでしょう。

結局、何一つお手伝いが出来ませんでした。

 

高校受験が迫った冬。

筆記試験をパスして面接のみの推薦枠の中に入った事を伝えた時、

祖母は目の前で泣きました。「良かった、本当に良かった、おばあちゃん嬉しいんだよ」

初めて見た、祖母の涙。

 

社会人二年目の春。

当時、片想いだった人が転職することを知って、恥ずかしいけど泣きながら帰った夜。

悲しみに暮れながらもう届かない想いを全部、洗いざらい祖母にぶつけたら、

毅然とした態度で「その人がこの先も幸せになってくれるように祈ってあげなさい。」

幾つもの困難にぶつかりながら生き抜いてきた人生の大先輩の言葉。

言われた直後は、その言葉の重みを実感出来なくて、いつも通り慰めてくれると思っていた自分の甘さに後で気付きました。

厳しさの裏にある、祖母の優しさ。

当時まだ若かった自分には、「突き放された」という感覚しかなかったけれど、今ならわかる。

誰かのために幸せを願ったり、応援する気持ちを持つことの意味が。

 

今月30日は祖母の命日。

12年経とうとする今も、一度も忘れたことがない。

これからもずっと、ずっと忘れないから、どこかで見守ってて下さい。